とっておきの言葉
とっておきとは、いざというときのために大事にしているもの、のこと。
別にいざカマクラってわけじゃないけど、好きなものをもっと明確化したいって気持ちで始めたブログなわけなので、取り出してみた。
まず、
言葉はジャムである
ジャムは一旦作って、家の戸棚に大事にしまっておく。
しばらくして、ふたを開けて、その時の味を確かめてみるといい。
言葉も同様である。
みたいな、確か、高校生の現代文の授業で聞いたような気がする。
高校生の私には、言葉をジャムに見立てるなんておいしそう!なんて思ったものです。
食いしんぼうなんです。
でも、そんなに時間が経ってもジャムって食べられるものなの?お砂糖多いから?って思ったけど、密閉容器を煮沸消毒していれば数年持つらしい。
味はどんどん悪くなるとか・・・、まあ、比喩だもの!
この作者さんは、確か言葉を記録する大事さを書いていたような・・・
周囲でも案外みんなやっているんだなって思うんだけど、気になる言葉をノートなりに記録するってやつを私もずっとやっています。
だから、たまに「言葉はジャムのようなもの」って言葉を思い出すと、スプーンひとさじ分くらい味見をしようかなって気になって読み返したりします。
過去の自分と向き合うのって恥ずかしい。軽いタイムスリップ。
そして、日付とともに何かを追記したりします。
手記っていいよね、文字って体温を感じる。家に長らくおかれて、日焼けした背表紙の本を開いた時に、鉛筆の走り書きを見つけて、後でそれが祖母のメモだったと知って、なんだか無性に”会えた”ような気になったり。
人に会うって、顔を合わせる、目を合わせる、言葉を交わすっていうのもそうだけど、こう思考を感じると、私は会った気になる。別に会ってないけど!
そういえば古本屋さんで本を買った時にも、誰かの鉛筆の線でいろんなところがチェックされていて、見知らぬ誰かさんを感じて面白かったなと思いだした。
次に、
本は、あなたを待っている
なんだったかなー、これも現代文だったかな。
この言葉も聞いた時に、
なんて本はつつましやかなんだろう
ってちょっとうれしかった記憶。
テレビと違って攻めてこない感じが好きだ。あなたに身をゆだねているって感じ。
開かれなければ、読み解こうとしなければ、近づけないけれど、近づけば近づいていけるだけの情報量をまとめて提供してくれる1冊っていいよなあ。
図書館に行くと、どれだけ待っていてくれるんだろうってときめく。会いに行くよって気分になって好き。
あとは、有名なキャッチコピーの、
欲しいものが欲しいわ
が、たまーに頭の中をぐるぐるする。
原文は、「ほしいものがほしいわ」だったはず。
私は、この『欲しい』という漢字の方が気持ちにぴったりする。
そうなんだよね、欲しいものが欲しい。
でも欲しくないものでも、意味づけがあれば、私は大切に思えるわ。
いわゆるストーリーの消費ってやつかな。
例えば興味のなかった本なのに、あの人が絶賛するから読んでみて買ってみて、話題にして・・・その人を思い出すからこの本がまだ机の上だ。
その逆もあるし。
もっと誰とも関係なしで、自分の気持ちで選びたいと思う一方で、そんなにワタシワタシしなくても幸せならどっちでもいいなー、どっちでもしあわせだなーって気もする。
経験則で言うなら、思考に潜り込んで行っても迷宮入りするだけのような気がしていて・・・
もっとシンプルに、自分の感情を感じてあげたいなあと思う今日この頃。
自分をこれだけ否定できるんなら、その力の方向をもし変えられたらきっとこれはすごいぞ!!!って予感するんだ!
おやすみ!ねむい!><