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好きなことを好き勝手に書いています

誰かのわたし、さよなら私

写真に映るのが苦手だった。

正確には自分のカメラじゃなく、誰かのカメラで撮られること。

今はデジカメになったから撮り直しも簡単だけど、使い捨てカメラの時代は撮られた時点で自分の顔がどんなになっているかわからないから苦手だった。

その場の楽しい雰囲気は好きだし、友達と撮るんだからいいんだけど、やっぱり写真映りがよくなくて苦手だった。

 

じゃあデジタルカメラ、あるいはスマートフォンで撮影されるのはどうか。

「絶対嫌だ!!」って主張する子もいるけど、私はそこまでではない。ただ、やっぱり嫌だなあって思う事もある。

顔が大きく見える・・・なんてショックを受けつつ、映っている自分は、自分なのに相手のカメラの中にいる。

自分のことなのに、自分じゃどうにもできないなんて。

そこが嫌だった。苦手だった。

写真映りの悪い自分が誰かの手元に残っていること、そして自分じゃどうにもできずにモヤモヤし続ける状況になることがどうにもダメだった。

 

だった、と書いてある通り、今ならあんまり気にしていない。

あれほど気にしていた自分に興味がなくなったから、問題じゃなくなった。

ふつうに、気分のまま写真に楽しく映る。前から映ること自体は楽しかった。さっき言ったように、自分なのに手を出せないってところが嫌だった。

 

じゃあ、なんで気にしなくなったか。

 

私も、私の中に在る誰かに手を出させたくないからだ。

 

前に電話をしていた友人がいる。

その頃、毎晩といっていいくらい電話をしていた子がいて、その人をAちゃんと呼ぼう。

Aちゃんは私の真逆だった。

私が子供っぽいものが好きなら、Aちゃんは大人っぽいもの。

私が前向きだったら、Aちゃんは後ろ向き。

彼女とはネットで知り合った。確か何かのマンガが好きで知り合ったはず。

私はおしゃべりがすきなので、Aちゃんは時間が余って暇だと言っていて、二人で電話をした。

とても楽しかった。

 

今まで夜中に電話なんてしたことなかったから。

夜は寝るものだって思ってたから、私とは反対の考えを持つAちゃんとの会話は楽しかった。なんでこうも考えが逆なのに一緒にいたくなるんだろう。

Aちゃんの声を聞きながら、眠気眼で白熱灯を見ながらソファーに持たれてよく思ってた。楽しかった夜だった。

 

A「私、つまんない人間だから」

私「そんなことないよ」

A「みずきは優しいからそう言うんだよ。本当につまんない人間だもん」

私「つまんなくないよ。つまんない人とこんなに電話で話さないよ」

A「みずきは優しいからね・・・」

私「優しいんじゃなくてAちゃんと話すのが好きだからだって。優しいのはAちゃんだよ、ずっと私の話を来てくれるし」

A「優しいとかじゃないから、偽善だから。ほんとみずきの言うような人じゃない」

 

 

こんな会話をしていて、わかったんだ。

というか、ずっとAちゃんは私を否定する。

自分は優しくない。つまらない人間だって。優しく見えるのは偽善なんだって。

 

何度も聞いた。

 

何度言ったって、私の言葉なんか届いてなかった。

 

Aちゃんは優しい。一緒にいて楽しい。Aちゃんがどう言おうが、私の中ではそうなんだ。

 

・・・みずきは優しいからね。

 

いっつもそうだった。Aちゃんは私の言葉を受け入れなかった。

 

 

でも、そんなのどうでもいいことなんだ。

 

いくらAが私の言葉を否定しようと、Aが認めなくても、私の中ではホントだから。

誰が何と言おうと、それこそA本人が否定しようとも、私の中には優しいAがいるし、一緒にいて楽しいAがいる。

 

いくら言葉を並べようが無駄なんだ。

私が感じている楽しい気持ち、Aは優しいってこと、楽しいってこと、つまんなくなんかないってこと、私がそうだと感じているなら、"そう"なんだ。

 

この気持ちは、私が感じているAちゃんは、わたしのものだ。

 

だから、写真の中の私も一緒かなって。

 

私なんだけど、

もう私の手から離れた私で、

 

そこにいるのは私の姿であっても、

当の本人でも手出しは出来ないんだなあって。

 

そしたら、気にしても仕方ないなあって思った。

だって、私が感じているもの、否定されたくないし、誰も否定できないし、私のものだし。

だとしたら、誰かの中のわたしも、そういうものなんだなあって。

 

本当の私とやらと、誰かから見た私にギャップがあったとしても、その差は埋まらないし、手も届かない。

その人のものだ。

 

それでいいと思う。

私のものも私のものだし、誰にも譲る気もないから。

 

Aちゃんは確かに優しくて楽しい子だ。揺るがない。私が揺らがない限りは。

 

 

だから、誰かの中にいるわたしと、私はさよならする。

誰かの中にいるわたしをそのままにしたいと願う時もなくはないけど、それは考えても仕方ない。

私をみて、私の何かを感じ取って、それが好ましいものであったなら、その一瞬が在ったことに喜びを感じる。それだけでいい。

 

願っても、そこにもう"私"はいない。

 

私、sparkって単語が好きなんだ。

火花って意味ね、ぱちっとさ、その一瞬だけ光るの。

それがいい。

永遠も絶対も私の中にあるけど、誰かのところにはあるかはわかんないから、その一瞬だけ、出会った時、向き合った時にはじける何かを私は見たい。

何度でも見たい。味わいたい。

 

それが感情なんじゃないかな。体感するってことじゃないかな。リアルとも呼ぶ。

 

人目を気にしないってそういうことかなってふと思う、とっても寒い夜・・・

 

おやすみなさい。

have a nice dream...♪ ; >